大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和51年(ネ)44号 判決 1977年3月31日

控訴人(附帯被控訴人)

大商株式会社

右代表者

辻徳治

右訴訟代理人

平山文次

外一名

被控訴人(附帯控訴人)

伊藤萬株式会社

右代表者

伊藤寛

右訴訟代理人

稲生紀

外二名

主文

一、控訴人(附帯被控訴人)の本件控訴を棄却する。

二、被控訴人(附帯控訴人)の附帯控訴にもとづき、原判決中被控訴人(附帯控訴人)敗訴部分を次のとおり変更する。

(1)  控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)に対し、さらに九万〇、二三九円及びこれに対する昭和四六年二月一六日から支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

(2)  被控訴人(附帯控訴人)のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は第一、二審を通じて全部控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。

四、この判決は第二項(1)の部分に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一請求原因1、2、3、4、の事実、同5の事実中、被控訴会社は、控訴会社から返品されてきた東レ・ハイソフイ八〇反及び帝人シルローズ一四八反について、これを控訴会社の意思次第で何時でも控訴会社に引渡すことができるように準備したうえ、昭和四五年四月六日頃控訴会社に到達した書面でもつて、控訴会社に対し右東レ・ハイソフイ八〇反と帝人シルローズ一四八反は何時でも引渡せるので右書面の到着後三日以内に右商品を引取りその代金四三九万八、八四四円を右期限までに支払うよう催告したこと、及び請求原因6、7の事実は当事者間に争いがない。

二見本売買、売買目的物の見本との適合の有無

(一)  売買目的物の見本

東レ・ハイソフイの品質については、控訴会社が被控訴会社と本件売買契約を締結するに当り、当事者の一方から見本の提示があつて品質は「この見本による」ということが特に要求されたという事情は存しない。しかし控訴会社が被控訴会社から最初に買い入れた東レ・ハイソフイ、即ち昭和四三年秋物の東レ・ハイソフイは厚さが適当で生地に腰があり、弾力性もあり、感触も良く、身体になじみやすい風合のものであつたので、以来控訴会社は被控訴会社から継続して東レ・ハイソフイを買い入れてきたのであり、こうした経緯から本件売買においてもその品質については昭和四三年秋物の東レ・ハイソフイと等質のものとするということが当然契約の条件とされていたことは当事者間に争いがない。

次に、帝人シルローズの風合(品質)については、<証拠>を総合すると、昭和四四年八月二八日、被控訴会社名古屋支店において開催された同社の一九七〇年春物及び夏物布地の内見会に得意先として臨場した控訴会社の藤田忠男社員が右会場に展示された帝人シルローズの見本(幅九二センチメートル、縦二〇ないし三〇センチメートル)を見分し、その中から控訴会社において新契約をする帝人シルローズの色・柄八種類を選定したとき、同時に、その風合(品質)についても展示されていた右見本と等質のものとするということが右藤田社員と被控訴会社の松藤恭武社員との間で黙示的に合意されたと認められる。検乙第四号証は控訴会社の中村博営業第二部長が本件の売買契約を締結する以前から色目のサンプルとして保管していた端切であり、検乙第八号証の一、二も<証拠>によれば、果して控訴会社の主張するような経緯からこれが同社に保管されている端切であるか甚しく疑わしいものであるから、右の検乙第四号証及び検乙第八号証の一、二が控訴会社に保管されていること自体は何ら前認定の妨げとなるものではなく、<証拠>中前認定に牴触する部分は信用できず他に前認定を左右するに足る証拠はない。

(二)  返品と見本との相違の有無

右の事実に徴してみると、本件の東レ・ハイソフイ及び帝人シルローズの各売買は不特定物の給付を目的とするいわゆる見本売買と解すべきものであるところ、被控訴会社は、返品された東レ・ハイソフイ八〇反と帝人シルローズ一四八反について、いずれもすべて約定どおり品質を有するものであり、売主として債務の本旨に従つた履行の提供をしたものである旨主張する。これに対して、被控訴会社は、返品した右両商品は一旦受け取つたものの品質不良であつたので、特約によつてその売買契約を解除したものである旨抗弁する。よつて按ずるに、<証拠>によれば、右鑑定人飯沼保彦が控訴会社の返品した帝人シルローズ一四八反及び東レ・ハイソフイ八〇反の中から無作為に各一五点ずつの検査資料を切り取り抽出し、これらの資料と被控訴会社名古屋支店に保管されていた昭和四三年秋物の取引において見本とされた東レ・ハイソフイの端切及び前記の帝人シルローズの見本とについて、日本工業規格に準ずる試験方法により(イ)見掛見付(重さ)、(ロ)縦糸と横糸それぞれの密度、(ハ)太さ、(ニ)しわ回復率及び(ホ)伸長率を検査し、これを我国で採用されている品質管理基準(3 方式)に照らしてみた場合、帝人シルローズの検査資料一五点はその見本と対比して右(イ)ないし(ホ)のいずれの検査においても品質の同一性が認められ、また東レ・ハイソフイの検査資料も一三点は右(イ)ないし(ホ)のいずれの検査においてもその見本と品質の同一性が認められたが、二点の資料が右の管理基準によつてみた場合に右(ロ)の縦糸の密度、(ホ)の横糸の伸長率及び(イ)の見掛見付(重さ)という三つの検査結果で管理限界を超えているため、必ずしも同一品質とみなすことができるとは断言できないものであつたこと、しかしその東レ・ハイソフイも製造元の東レ株式会社で定めた品質、風合の各検査基準には返品された八〇反全部が合格しており、右の検査基準によつてみる限り控訴会社が返品した東レ・ハイソフイ八〇反も品質、風合の不良はなく、東レ株式会社の商品である昭和四三年秋物東レ・ハイソフイと品質、風合の等質性を有するものであつたことが認められる。

控訴代理人提出の乙第五号証(東レ・ハイソフイ検査書)は、<証拠>によれば、同人が控訴会社からの依頼により、見本の昭和四三年秋物東レ・ハイソフイと本件売買にもとづき控訴会社に給付された東レ・ハイソフイの各一部分について品質検査を行なつた結果が記載されているものと認められるが、控訴会社から提供された試供品が余りにも僅少で試料として不適当なものであつたため、その検査結果は検査に当つた川出氏自身が満足なものではないとしているものであることが窺知されるので、採用するに由なきものであり、また控訴代理人の申請による鑑定人坪井弘司の鑑定も、帝人シルローズに関する部分は本件売買の見本ではないものを見本とした鑑定であるから全然採用の余地のないものであるし、東レ・ハイソフイに関する部分は前認定に抵触する内容のものではないのであり、<証拠>中前認定に抵触する部分は前掲証拠に比照して信用できず、他に前認定を覆えすに足る証拠はない。

ところで見本売買においては、売主が履行またはその提供をした場合に、それが債務の本旨に従つているか否かは、目的物の性質に関する限り見本を標準にしてのみ決定されるが、見本に適合するか否かは単に買主の主観によつて決定されるべきではなく、契約の趣旨、目的物の性質及び取引の一般通念とくに取引慣習に従つて判断すべきものである。

本件についてみるに、本件売買は買主の控訴会社がわが国内の縫製業者を対象に販売する化学繊維織物の仕入れとしてなされたものであること、即ち内国向け繊維製品の取引であることは<証拠>からも明白であるところ、前記(一)認定の本件各売買がなされるに至つた経緯からみれば、控訴会社においては目的物の東レ・ハイソフイ及び帝人シルローズについて使途を明示するなどして見本との絶対の適合をとくに欲したという事情は認められないし、また東レ・ハイソフイや帝人シルローズのような化学繊維織物の内国取引において、見本との少しの不適合も許さないという慣行が存在する旨の主張も立証もない。しかも<証拠>にみられるごとく、買主の控訴会社においては、品質の検査をするのに、計器等による科学的検査方法によることなく、もつぱら検査する者の経験と勘を頼りに手触りによつて識別していたにすぎなかつたことを合わせ考えると、本件売買は見本売買といつても見本に少しの不適合も許されないというものではなく、大体において適合する限り売主の責任は生じないという程度のものと解すべきであり、先に認定したところからすれば、返品された帝人シルローズ一四八反はもちろんのこと東レ・ハイソフイ八〇反もその品質、風合において未だ見本との不適合はないものと認めるのが相当である。

従つて、被控訴会社は、返品された東レ・ハイソフイ八〇反及び帝人シルローズ一四八反についても本件売買の売主としてその債務の本旨に従い履行の提供をしたものというべきであつて、右の返品につき品質不良を理由として特約にもとづき売買契約を解除した旨の控訴会社の前記抗弁は、すでに理由のないものであるから採用できない。

三損害賠償

そうすると、控訴会社が受領を拒絶して返品した東レ・ハイソフイ八〇反及び帝人シルローズ一四八反について本件売買契約は、控訴会社の代金債務不履行により昭和四五年七月九日限り解除されたものであり、被控訴会社は控訴会社に対しよつて生じた損害賠償請求権を取得するに至つたものといわなければならない。

進んで被控訴会社のこうむつた損害額について判断する。

(一)  鑑定費用としての出捐金三万五、〇〇〇円及び商品減価額二八九万六、四五四円の損害に関する当裁判所の認定判断は、原判決理由の右該当部分説示(原判決一一枚目裏五行目から一三枚目表五行目まで)と同一であるからこれをここに引用する。

(二)  倉庫保管料等八万五、六六九円

<証拠>を総合すれば、控訴会社が東レ・ハイソフイ八〇反及び帝人シルローズ一四八反を一旦受け取りながらこれを返品して受領を拒絶したので、被控訴会社は返品された東レ・ハイソフイ八〇反を昭和四五年五月一八日から、また帝人シルローズ一四八反を同年七月一〇日から、いずれも同年一一月二八日までの間訴外濃飛倉庫株式会社中川営業所に寄託して保管することを余儀なくされたので、その間の保管料、荷役料、カツト料及び運賃として合計八万五、六六九円を右会社に支払つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(三)  返品の運賃四、五七〇円

<証拠>によれば、控訴会社が東レ・ハイソフイ八〇反及び帝人シルローズ一四八反を品質不良と称し返品した際、訴外岐阜トラツク運輸株式会社に運賃着払いの指定をしてその返送を委託したため、被控訴会社は昭和四五年四月二日頃同会社に対しその運賃四、五七〇円を支払つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

そして右(二)(三)の被控訴会社の出捐はいずれも控訴会社の本件債務不履行によつて通常生ずべき損害と認めるのが相当である。

四してみると、被控訴会社のその余の点につき判断するまでもなく、控訴会社は被控訴会社に対し本件債務不履行による損害賠償として商品減価額二八九万六、四五四円、被控訴会社が出捐した倉庫保管料等八万五、六六九円及び返品の運賃四、五七〇円の合計二九八万六、六九三円とこれに対する本訴状が控訴会社に送達された日の翌日であること記録上明らかな昭和四六年二月一六日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものといわなければならない。

よつて、控訴会社の控訴は理由がないので民訴法三八四条一項によりこれを棄却し、被控訴会社の附帯控訴は理由があるので同法三八六条により原判決の一部を変更し、訴訟費用の負担につき同法九六条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(丸山武夫 林倫正 杉山忠雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例